ドリーム小説
 本日も快晴。太陽が眩しいねぇ。数日前から、この日の為に用意しなければならないものを含めて仕事が忙しかったが、まあ良い。ご主人様の為なら喜んで何だってするぞ。
 この家に務めるようになってからというもの、なにかと社交の場に付き添うことが多くなった&主催側として取り仕切るようになったのは言うまでもないが、10月になると大きなイベントがある。──そう、今日は俺のご主人様である景吾坊ちゃんの誕生日なのだ。
 普通の家庭でよくある、友達を誘って家でお誕生日会とは規模が違う。もはや誰を祝っているのか分からない──(実際コネ作りの場でもある)──盛大な催しは、初めて経験した時には驚きを通り越して興奮したものだ。
 景吾坊ちゃんも、それを理解しているのか始めは妙にやさぐれた感じで、しかしそれを隠しながら挨拶したりして。でもまあ、いくら大人びているとはいえど子どもは子ども。大人の話に付き合えるわけがないから、何人か親しい間柄のご夫妻と話をした後は、庭に出て散歩したり離れの建物に行くのが社交の場での常だ。そして俺は、いつもどおり呼びつけられるまでもなく坊ちゃん傍に控えている。
だがら去年のバースデーも同じで、離れにある椅子で眠い目を擦り始めたご主人様を部屋に運んで、一晩中お付き合いしていた。
 あの時の景吾坊ちゃんはホント可愛かったなぁ。さて、そろそろスクールが終わる時間だな。ご主人様を迎えにいくとするか。







 予定通りスクールの門前で待機して数分、こっちに向かって歩いてくる景吾坊ちゃんの姿が見えてきた。その後ろには最近仲良くなったらしい一つ年下の樺地君とやらの姿もあった。
 微笑ましいなぁ。もしかしたら日本人の友だちは初めてなんじゃないか。まあ、若干付き人っぽいというか従者のようなところはあるが。それが本人たちにとって自然なポジションなのだから良しとしよう。
「お疲れ様です、景吾様」
 車の側に立ち、俺の近くまできた景吾坊ちゃんに言えば、こくりと頷いて樺地君に「じゃあな」と言った。
「ご一緒に帰られても宜しいのですよ?」
 さすがにリムジンほどの収容スペースはないが、俺が助手席に座れば子ども2人くらい余裕で乗れる。そう思って声を掛けたが、景吾坊ちゃんは首を振った。
「いいんだ。樺地も寄るところがあるらしいからな。家のやつが迎えにくると言っていた」
 なるほど、だから門の所に立ったままなのか。
「それに、今日はパーティーがあるから早く帰った方がいいだろ」
 それはそれは。なんとも素っ気ない言葉だこと。自分の誕生日だっていうのに。もっとこう、俺様の誕生日なんだから祝え! と言ってくれた方が俺としてはノリ易いんだが。いや乗ったからって別にどうするってこともないけどな。心の中でしか乗らないし。特技といえばノーリアクション芸だし。
「そう急ぐことはありませんよ。まだ時間はありますから、どうぞ気を楽にして下さいませ」
「べつに、俺は緊張なんてしてない」
 そうだろうけれども。だったら何でそんな浮かない顔をしているんだい坊ちゃん。何時ぞやは俺のこと嫌いですか? って聞いたら嫌いじゃないって言ってくれたじゃないか。実際は首を振っただけだけれども。でもアレはそういう意味だろう?
 なんでも話してくれればいいのに〜。こう見えても坊ちゃんより20も年上なんだから、もっと頼ってくれて良いんだぞ。俺は景吾坊ちゃんのために居るんだって言っただろう。
 なんてことを考えていたのが覚られたのか、景吾坊ちゃんが俺を見上げてきた。マジか。考えていることが全くと言っていいほど顔に出ないのが俺のチャームポイントなのに。
「……あ、あの時のことは……はずかしいから言うなっ」
 またしても景吾坊ちゃんが可愛すぎるんですけど。というか、もしかして俺は何か口走ったのか? ふむ、ここは白を切る、のは無理かもしれないから話題を変えてみるか。
「今日のパーティーには結城家のご令嬢も出席なさるようですよ。景吾様と同じお年ですから、お話などしてみてはどうでしょう」
 少しは楽しめるかもしれないぞ。人形のように可愛らしいって噂も耳に入ってくるしな〜。しかし今までは当主と夫人しか参加してなかったのに、今日は一人娘を同席させるとは。オッサンの魂胆などまるっとお見通しだが、まあ悪い人ではないからソレはソレ。娘の方には魂胆も何もないだろう。
 そうそう。結城グループといえば、俺の先輩兼友人であるレナードの就職先でもあるんだった。俺が跡部家に仕えるようになってからは会うことも無かったが、今回は一人娘がくるということでアイツも同行するだろう。フッフッフ。今から楽しみだな。
 なーんて内心でアクドイ笑みを浮かべていると、不意に景吾坊ちゃんの声が耳に飛び込んできた。
「……は時々いじわるだな」
 なんだって!? それは初耳だな。いや確かに寮生時代はレナードを弄っては楽しんでいたけども。景吾坊ちゃんに失礼な態度など取ったことはないぞ。
 そんな顔でポツリと零すのは反則ですよ坊ちゃん。 「っもういい!」
 いつまで経っても無言の俺に焦れたのか、景吾坊ちゃんは怒った様子で言い捨てる。しかも、ぷいっと顔を逸らすオプション付きだ。
「申し訳ございません」
 俺が坊ちゃんの可愛さに目がないばかりに。成人迎えた男がこんなんじゃ……ていうか執事がこんなんじゃダメだよな。でも安心してくれ。景吾坊ちゃんに誓った忠誠は嘘じゃないぞ。いやもうホント坊ちゃんがご主人様でよかったよ。執事業といっても変な人に就く可能性だってあったわけだし。
 まあ、アルバートのオッサンにスカウトされた時点で怪しい家には就かないだろうと思っていたけども。あの時、俺がどれだけ必死で景吾坊ちゃんに訴えたか。それはもう心の中で涙しながら全力でぶつかったんだぞ。最後の手の甲にキスってのはちょっとやり過ぎたかなと、後で反省したりしてさ。
 困ったなぁ。景吾坊ちゃんが不機嫌になるポイントがイマイチよく分からないのは問題だ。従者が気軽に触れるのも憚られるから、頭を撫でて機嫌を取るわけにもいかんだろうし。


 あれから二時間くらい経っただろうか。大広間の準備も整い、続々と到着する招待客を使用人に任せて、俺は景吾坊ちゃんのお召替えの手伝をしてからずっと側に控えていた。
 本来なら俺も出迎えの場に立つところだが、俺は景吾坊ちゃん付きの執事。そして前職業の関係もあって坊ちゃんの護衛も兼ねている──という理由を最大限に利用して、実のところ客の出迎えはアルバートのオッサンに任せてきた。

 景吾坊ちゃんはさっきまで旦那様や奥様と一緒に挨拶をしていたが、今はその輪から外れていた。

 ジュースが入っていた空のグラスを受け取り、側を通った使用人に渡した直後、不意に景吾坊ちゃんが俺を呼んだ。はい、と答えて坊ちゃんを見れば、言おうかどうしようか迷っているように口を開けては閉じてを繰り返している。
「景吾様?」
 促すように呼べば、少しだけムッとしたように眉を寄せるものだから、まだ帰りの車でのことを怒っているのだろうかと内心で溜息が漏れた。
 う〜ん、さっき着替えを手伝った時に機嫌は直ったと思ったんだけどなぁ。そんな事を考えていると、俺が装着している超小型インカムに結城夫妻と令嬢が到着したと連絡が入った。広間の入り口の方を見遣ると、確かにそこには夫妻と小さな女の子の姿があった。その後ろには、久しぶりの対面となるレナードが控えている。おお、アイツもなかなか似合ってるなぁ。俺より身長は低いが、元々スタイルが良いから燕尾がよく似合っていた。
「景吾様、結城様が到着されましたよ」
「また挨拶か。めんどーだな」
 はは、こりゃホントに面倒だと思ってるな。分からなくもないけども、まあそう言わずに。と心の中で零しながら景吾坊ちゃんを促すと、丁度タイミングの良いことに向こうも此方に気付いた。
「やあ、景吾君。久しぶりだね。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 にこやかに話し掛けられて、坊ちゃんも淡々とした口調ながらきちんと礼を言った。
 うん、まあ刺々しくはないし、子供らしからぬ口調だが利発さが際立ってて良い感じだな。さすが景吾坊ちゃんだ。世渡りが上手いというか何というか。
「これからは娘も社交の場にと思っていてね。口数の少ない子だが、仲良くしてやってくれるかい?」
「ほら、姫乃。ご挨拶なさい」
 母親に促されて、姫乃という女の子が景吾坊ちゃんを見る。うん、そうなんだよ。ようやく景吾坊ちゃんを見たんだよ。それまでは何故か俺の顔を穴が開くほどじっと見つめてたんだよ。なぜだ。
「……姫乃です」
 はふぅ、と聞こえてきそうな溜息を吐いて名乗るお嬢様を初めて見たな。だいたい景吾坊ちゃんに挨拶してくる女の子たちは、恥かしがるか頬を染めつつも大胆にアピールするかの二通りだったんだぞ?
 こんな風に、全く興味ありませんと言外に伝わってくる名乗り方は初めてだ。景吾坊ちゃんも、顔には出していないが少し不機嫌オーラが増したように見える。
「お嬢様」
 そんな時、姫乃お嬢さんの側に控えていたレナードが小声で促す。まあそうだよな。名乗っただけだもんな。
「………………よろしく」
 わぁ、ものすごく不本意そうに言っちゃったぞこの子。無表情に等しい顔だが、僅かに寄せられた眉で嫌々言っているのが分かる。しかも照れていると解釈するには長すぎる間があったもんな。
 夫妻の顔が少し引き攣っているが、景吾坊ちゃんも負けていなかった。あからさまな間を空けて返ってきた言葉にすかさず口を開く。
「跡部景吾だ。よろしく」
 うん、景吾坊ちゃんも全くと言っていいほど感情が篭ってないな。キミたち2人とも宜しくする気ゼロだよね?
「……」
「……」
「さ、さて。私たちは景吾君のご両親にもお祝いの挨拶をしてくるから、レナード、娘を頼むぞ」
「畏まりました」
 気まずそうに去っていく夫妻を見送り、レナードも立派に執事やってんだな、なんて感慨に耽る。
 結城といえば、跡部グループには及ばないが五指に入る企業だ。当主も、旦那様には劣るが結構な才覚のある人で、息子の誕生日パーティーに招待するくらいの付き合いはある。
 俺としては、レナードが日本の企業グループの家に就いたことに少し疑問もあったが、こうして再会できたことは喜ばしいじゃないか。ん? まてよ、もしかして──
? どうかしたのか?」
「いえ、懐かしい方と再会したものですから。お久しぶりです、レナード様」
 もしや俺と会う確率上げる為に結城グループに? なんてな〜。流石にそれはないか〜。
 そんな事を思いながら、いつもの能面無表情で挨拶をした。心の中でニヤリとほくそ笑みながら、寮生時代には呼び捨てていた名前をサマ付けで呼んでやると、レナードは一瞬ピクリと反応した。
 しかし、次に聞こえたのは景吾坊ちゃんの声だった。
「知り合いなのか?」
「はい。レナード様には、執事学校でお世話になりました」
 上目遣いのオプション付きで尋ねてくる景吾坊ちゃんに癒されながら答えると、レナードはその秀麗な顔を少しだけ歪ませた。ふっふっふ。ここでもう一言いっとこうか。
「私が唯一、親しくさせて頂いていた方です」
「……よく言う」
 はっはー。俺が素直になったら照れちゃうんだよな。平静を取り繕っても俺にはバレバレなのだよ、レナード。まあ、今言ったのは本当のことだけれども。
 だって俺、何かやたら遠目に見られてはヒソヒソ言われてたからな。始めはイジメかと思ったものだ。アルバートのオッサンが推薦ってことで鳴物入りで入学したからなぁ。暫くしたらそれにも慣れたし、半年経って跡部家への職が決まった時には色々プレゼントされたけれども。やっぱり一番話していたのはレナードだろう。
 内心で頷いていると、レナードはお嬢様の視線に気付いてコホンと咳ばらいをした。
「お嬢様、お飲み物をお持ちしましょうか?」
「ええ」
 それなら、と大人たちが集まっている場所から少し離れた場所まで促す。ずっと立っているのも何だし、どうせならゆっくり過ごしたいだろう。ということで、小さめの丸いテーブルと揃いのチェアがある場所に座ってもらった。
 そこで徐に手を上げると、それを目に留めた使用人が俺の元にやってくる。一人は菓子とケーキが乗ったカートを、もう一人は数種類の飲み物を。
「ミルクティー、ある?」
 淡々とした声色で見上げてくるお嬢様に頷き、景吾坊ちゃんにも何か欲しいものはあるかと聞いてみた。
「俺は……飲み物より庭に行きたい。ここに居てあいつらを眺めても、何も面白くないからな」
 だから、お前も来い。と言って景吾坊ちゃんが立ち上がった。せっかく仲良くなるチャンスだったのに〜。というのは所詮心の中の言葉だが、チラリとお嬢様の方を見ると案の定ムッとしていた。
「レディの相手もできないなんて、つまらない男ね」
「どこにレディがいるんだよ、あーん?」
「……」
「……」
「ふんっ」
 ……たはァッ! なんだいその可愛すぎる決別の仕方はっ……お兄さんをメロメロにする気か?
「景吾様」
 もう少し手加減してください。動悸がやばいです。
 あまりの可愛さに動揺しそうになるのを抑えながら声を掛けると、景吾坊ちゃんは何故かビクッと肩を揺らした。
「っ……」
 しかも、ミルクティーを飲んでいたお嬢様と傍に控えていたレナードまでビクッと反応し、そして石化したのかと思うほどピタリと動きを止めた。何でだ。意味が分からん。
「庭に、行きましょうか」
 ちょっと時間を置いた方がいいかなぁ。もともと不機嫌だったからなぁ。何故か俺の所為で。……うわ凹む。
「姫乃お嬢様、バルコニーの真下に見える庭は花園となっております。気が向きましたら、お嬢様もぜひ」
 甘いもの食べて落ち着いたら、その辺で遊んどいて構わないからね〜という旨を伝えると、お嬢様が頷いた。その拍子に、景吾坊ちゃんとは対照的な黒髪が小さく揺れた。艶やかな髪は背中まで伸ばしているのに、傷みなんて全くないサラサラのストレートだ。
 本当に人形みたいだなぁ、と感心していると、景吾坊ちゃんがスタスタと歩き始めてしまった。
、行くぞ!」
 こらこら待ちなさい。羽織るもの持っていかないと寒いでしょうが。
「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」


 ◇◇◇


 は、いじわるだ。そしてズルい。今日は俺の誕生日だというのに、からは「おめでとう」の一言もない。父さんや母さんも、アルバートも、マシューも、他の使用人でさえ祝いの言葉をくれたのに、目が覚めて一番に会うからは何の言葉もなかった。
 別に無理やり祝いの言葉を言わせるほどのことでもないが、俺の執事なのだから主人に祝いの言葉くらい無いのかと思う。本来なら誰よりも先に言うものだぞ。去年は言ってくれたのに……ばか
 そんな事をぐるぐる考えている内に授業が(終わり、いつものように樺地を連れてスクールの建物から出た。門に近付くにつれて見えてくるのは自分の家の車と、そのすぐ側に立っている。いつもと同じように、相変わらず俺が出てくる時間を見計らって迎えにくる。
 お疲れ様です、と声を掛けてくるのもいつも通りで、がドアを開けてくれるのもいつも通りだ。樺地と一緒に帰っても構わないのにと言うに、首を振ってから答える。自分の声がいつもの俺らしくなくて苛々する。
「今日はパーティーがあるから、早く帰った方がいいだろ」
 言い捨てるように言うと、相変わらず静かな声が返ってきた。ひどく心地良いのに、それが少し悔しい。
「そう急ぐことはありませんよ。まだ時間はありますから、どうぞ気を楽にして下さいませ」
「べつに、俺は緊張なんてしてない」
 あんなパーティーに緊張なんてしてどうする。大体、一体何がめでたくて開いてるんだ、アレは。結局、俺のパーティーというのは建前で、大人の事情の一環なのだ。コネ作りとか、会社の情報とか、腹の探り合いとか。
「嫌いですか?」
「……!」
 バカらしい、と内心で呟いた瞬間、俺の心を見透かしたかのようにの声が降ってきた。
 なんで、と思った直後に、俺の為に自分は居るのだと言われて、風邪を引いて高熱を出した時の出来事を思い出した。
「あ、あの時のことは……はずかしいから言うなっ!!」
 声を張り上げて言うと、が俺を見下ろした気配がする。その視線を感じながらドクドク煩い心臓を落ち着かせていると、不意に視線が逸れたのがなんとなく分かった。
「今日のパーティーには結城家のご令嬢も出席なさるようですよ。景吾様と同じお年ですから、お話などしてみてはどうでしょう」
 なんだよ、それ。まで見合いの真似事をしろって言うのか? あんな媚びたような目をしてうるさく話し掛けてくる女なんて、相手にできるか。恥ずかしがって何を言ってるのか分からない女もじれったくてイライラするだけだ。
 去年だって、それが嫌で庭に出て時間を潰して……それから、がずっと傍にいてくれたから気が抜けて、眠たくなったんだからな。
 それは感謝しているが、俺はそういう無意味な馴れ合いが嫌いだと知っていて仲良くなれっていうのか? 冗談じゃない!

 結局、パーティーが始まってからも俺の苛立ちはおさまらなかった。それでも、着替えをが手伝ってくれて、膝をついたと目が合う時だけは俺の心も穏やかになった。真っ黒なのに澄んでいて、冷たいと思わせる視線も、一度合わせると何故か逸らすことが出来ない。
 だから、不機嫌ながらも少しだけ浮上したおかげで客との挨拶は何事もなくこなしていた。ここまでくれば単純作業みたいなものだ。おめでとう、と掛けられる社交辞令に「ありがとうございます」と答えればいいだけだからな。同じことを繰り返していればいい。その後は今年もまた適当なところで庭に出て、と一緒に時間を潰せばいい。
 そう思っていたのに、結城のお嬢様とやらが俺の前に現れた。真っ黒の髪を背中まで伸ばしていて、色が白くて目が大きい。おまけに、瞬きをする度に人形みたいに睫毛がバシバシしている。見た目は『かわいい』と言える奴だが、その顔に表情という表情はなく、一言で言えばよく分からない。
 ……いや、分かるのは分かる。こいつはパーティーを楽しいと思ってもいなければ、俺に会えて嬉しいと思っているわけでもない。何故なら、この女は俺のもとに来た時からを見つめているからだ。
 ようやく俺を見たかと思えば、不本意極まりないといった様子で名乗る始末。正直、俺だってお前なんかと仲良くなんてしたくないと言ってやりたかった。
そうして夫妻が俺の両親に挨拶に行った時、不意に、ただ何となくの様子が変わった気がして思わず見上げた。
? どうかしたのか?」
「いえ、懐かしい方と再会したものですから。お久しぶりです、レナード様」
 その口調がどことなく普段のものとは違う気がして、俺はそっとの執事を見た。そしてもう一度を見て尋ねた。
「知り合いだったのか?」
「はい。レナード様とは執事学校でお世話になりました」
 初耳だった。いや、執事学校に通ってわずか半年で卒業したとは聞いていたが、の口から聞いたのは初めてだった。
「私が唯一、親しくさせて頂いていた方です」
「……よく言う」
 唯一。親しくしていた……。の言葉を頭の中で繰り返していると、一瞬だけ、微かにの目が細められたように見えて思わず息を呑んだ。
 ──笑った、のか?
 いや、笑ったとは言えないくらいの微かなものだったから、笑顔とは大分違う。それでも、その一瞬は2人が親しいことが知れる光景で、それがまた俺の苛立ちを誘った。


 庭に出て数分、俺のために上着を持ってきてくれたんだろう、が庭の奥にある花園までやってきた。ここは四方が見渡せて、おまけに空まで見える。全面どこを見ても美しい景色が見渡せる造りになっていて、母親の為に父が造らせたのだと聞いた。
「景吾様」
 上着を羽織り、再び白いベンチに座ろうとしたところで不意に呼ばれる。どうやら上着の他にも何か持ってきたらしく、は何かを持っていた。
「誕生日、おめでとうございます」
 そう言って差し出された手を見て、ようやく俺へのプレゼントなのだと気付いた。
「これは……」
 朝からずっと待ち望んでいた言葉を貰って、それでも思わぬタイミングだったから呆然とする。呟いた言葉はなんとも間が抜けていて、それでもこれが俺の精一杯だった。
「先日、万年筆を使う旦那様を眺めていらっしゃったので。私のような者から主人に贈るなど、不相応ですが。これを、どうぞ景吾様のお側に」
「……いいのか?」
「ぜひ」
 確かに、父親の書斎に入った時にその姿を見て格好良いと思った。
 ただ書類にサインをしているだけなのに、特別なもののように思えた。ちょうどドイツに行った友人に手紙を書こうと思っていて、あんな風に書けたら、と思ったものだ。そういえば、あの時はも一緒だったな……。
 手渡された箱と、そっと添えられた手の温もりに込み上げる気持ち。
「貴方に出逢えて、良かった」
 また……お前は本当にズルいな。そんな気障な台詞をさらりと言ってのけて、それでもワザとらしくなくて、自然と心に染みるんだ。
 一番最後に祝うというのも、何かの作戦なのかと思うくらいに。悔しいけど、それ以上に嬉しい。もし本当にそうだとしたら、お前の作戦は大成功ってことか。
 ──ありがとう、


2012.11.21 修正 inserted by FC2 system

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