エンカウンター

ドリーム小説ドリーム小説

 少年探偵団の面々と、阿笠の車でレジャー施設に行った週末。そこで殺人事件が起きてしまい、コナンたちは数分前まで容疑者と一緒に行動していために、事情を聞かれる羽目になってしまった。
 そこで少年探偵団の出番だ。子どもたちが事件解決に奮起し、コナンも気になる点があったため、裏で積極的に動くことに。幸いなことに、コナンの推理と灰原の機転、そして阿笠の協力のもと、無事に事件は解決に至った。
「なあなあ、コナンもそう思うだろ?」
「……あ? まあな」
 コナンは夕方の街並みに目を向けながら、賑やかな少年探偵団の会話に相槌を打つ。殺人事件に巻き込まれたというのに、子どもたちは元気だ。
 阿笠の車で子どもたちを家の近くまで送り、三人を降ろす。コナンは自分の家に寄ってから毛利家に帰るので、車内に残って三人を見送った。
「今日はありがとうございました、博士!」
 車から降りたところで、光彦が礼を言う。
「なんの。気をつけて帰るんじゃぞ」
 阿笠も穏やかに笑い、子どもたちに声を掛けた。歩と元太も車の中のコナンと灰原に手を振る。
「コナンくん、哀ちゃん、また明日ね!」
「じゃあな!」
「おー。また明日な」
 コナンは気だるげに返事をして、灰原は軽く手を上げることで応えた。近くまで迎えに来ていたらしい家族が丁度やってきていて、三人は笑顔で駆けていく。
 その背中を見送ってから、阿笠は再び車を走らせる。ようやく休める心地がしたからか、大きな欠伸が出た。
「なんだか、あなたの方が疲れているみたいね」
 助手席に乗っている灰原が、ちらりと振り向いて言う。
「別に疲れてるわけじゃねーよ。ただちょっと寝不足で……」
「またミステリー小説でも読んでいたのかしら」
「仕方ねーだろ。父さんの新作小説を読んだら、別のシリーズで気になってた登場人物が出てきて、そっちも読み返したくなっちまったんだよ」
「それで朝まで読んでいたってわけね」
 灰原の目に少しの呆れが滲んでいる。言葉にしなくとも、言いたいことは分かった。
「どうせ推理オタクだよ」
「あら。私はまだ何も言っていないわよ」
「まだって言ってる時点で、そう言ったようなもんだからな?」
 言い返すコナンだったが、運転している阿笠が苦笑いを浮かべて、「まあまあ」と宥める。コナンも灰原も互いに肩を竦めて、他愛のない遣り取りで終わらせる。そうしていつも通り、家に着くまでそれぞれ静かに過ごすのだった。


 阿笠の家に着き、コナンは門の前で二人と別れた。その足で自分の家に向かう。すると、丁度玄関のドアが開いて沖矢昴が出てきた。
「おや、コナン君。こんばんは」
 沖矢として過ごしている赤井秀一は、普段から外出時には変装をしている。服装や持ち物も不自然にならない程度に、大学院生の沖矢に合わせていた。
「こんばんは。これから出かけるの?」
 夕暮れだった空は薄暗くなり、じきに日が沈む。大学院生なので夜に外出することは珍しくない。しかし、なんとなく気になり尋ねてみた。
「ええ。でも急ぎではないので、コナン君の用事が終わってからで構いませんよ」
「小説を取りにきただけだから、用事ってほどのことでもないんだけど」
「小説ですか?」
「うん。直ぐ終わるから、取ってきてもいいかな?」
 元より長居するつもりはなかったので、昴が外出するなら速やかに済ませよう。
「勿論。どうぞ」
 昴も快く頷いて、玄関のドアを開けてコナンを中に入れた。
 いつもと変わりのない家の中。目当ての本はすぐに見つかった。小走りで玄関に向かうと、昴はメールでも打っていたのか携帯電話を触っていた。それでも操作はすぐに終わり、戻ってきたコナンと目が合う。
「では、行きましょうか」
「昴さんの時間は大丈夫?」
 コナンが尋ねると、昴は微かに笑みを乗せて頷いた。
「近くなので大丈夫ですよ。それに、相手は気心の知れた人ですしね」
 遅れたとしても融通はききます。そう続ける昴に、コナンは首を傾げる。
「そうなんだ?」
 沖矢昴の姿で会う気心の知れた人とは、一体どういう人物なのだろう。昴の正体を知っているFBI捜査官のことを友人と言っているのかとも思ったが、それにしては少し引っ掛かるものがあった。
 友人として外で会うには、あの面子は目立ちすぎる。いや、昴は別に外食すると言ったわけではないので、どこかで秘密裏に会うとうことなのかもしれない。
 そんなコナンの思考を読んだのか、昴はコナンを見下ろして言葉を付け加えた。
「子どもの頃からの友人なんですよ」
「それって……」
 子どもの頃からの友人ということは、赤井秀一の友人を意味する。その相手に沖矢昴の姿で会うと言うのなら、当然事情を知っている人物ということになる。コナンには心当たりがあった。
「もしかして、あの時にフォローしてくれたって言っていた人?」
 当たったようで、昴はどこか赤井を思わせるような笑みを口元に乗せた。
「その通り」
 ──やっぱり。
 その人物の存在をコナンが知ったのは、赤井が沖矢昴として生活し始めた頃のことだ。勝算があって持ちかけた計画ではあったが、それでもリスクを伴う賭けだった。勿論、FBIの協力のもとで出来る限りの準備を整えたが、上手く事が運んだことに感服する気持ちもあった。成功した後で、それとなく赤井に話tたら、実は水面下でサポートしていた人物がいたと教えられたのだった。
 キールこと本堂瑛海との対決で赤井の偽装死を実行したあの時。正確にはその数日前からサポートは始まっていたが、特にコナンが注視したのは赤井の逃走だ。目撃されないよう巧妙に細工をして、赤井の姿を隠した。監視カメラなどの操作は勿論のこと、あらゆる証拠が残らないよう、組織の人間の目に留まらぬように。
「僕に言っちゃってよかったの?」
 この人物については、FBI捜査官の中でも知っているのはジェイムズのみ。ただ、これも赤井から話したのではない。ジェイムズは以前から薄々察していた節があり、赤井もそのことには気付いていたという。例のサポートでジェイムズが確信し、赤井に確認してきたらしい。その人物が明かすことを了承したため、ジェイムズにだけ話したのだと赤井が教えてくれた。
 そういうわけで、存在を知っているのはコナンとジェイムズのみである。
「コナン君には、以前にも話していますからね」
「そうだけど。僕はその人のことをよく知らないし」
 後に、沖矢として赤井が住んでいた部屋が火事になった時のこと。新しく部屋を借りるまでは、その人物の家で同居することを考えていたというのだから、よほど信頼しているのだろう。さまざまな環境を考慮して、結果的に工藤家に居候することになったが、当時は意外に思ったものだ。
「これから会うって事は、やっぱりその人も昴さんのこと知ってるんだね」
「そうですね」
 周囲の人間を巻き込まないように行動し、大切な存在を密かに護りながら生活している赤井が、自ら頼ろうとした存在。顔も見たことがないというのに、コナンの中では強く印象に残っているのだ。
「──ああ、どうやら迎えに来てくれたようです」
「え?」
 昴の視線の先を見ると、一台の車が向かってきていた。二人の近くまで来て停まった車の運転席には、赤井と同年代くらいに見える男がいた。


 家まで送ってくれるというので、昴の勧めもありコナンは厚意に甘えることにした。
「江戸川コナン?」
 初対面である二人を昴が紹介したら、「ああ、きみが」と何やら納得されたあと、興味深そうな視線が向けられた。首を傾げると、その理由を簡単に教えてくれた。
「昴から、よく君の話を聞いていたんだ。名前を聞いたのは今が初めてでね」
「そうだったんだ」
 昴から──いや、赤井からどのような話を聞いているのかは気になるところだ。
「それにしても、江戸川コナンか。推理ものが好きな人にとっては興味深い名前だな。良い名前だ」
 他意のない素直な感想なのだと分かったのでコナンも愛想笑いで誤魔化す。咄嗟に目にとまった二人の小説家の名前から名字と名前を拝借するという、雑な名付け方をしてしまったので何とも言えない心地だ。
「ありがとう。大体みんなコナンって呼ぶよ。さんは、」
でいい」
「じゃあ、さん」
 バックミラー越しに目が合う。欧米系のハーフのような面立ちに加えて、青とも緑とも取れる絶妙な色合いの虹彩が印象的だ。
「昴さんから教えてもらったんだけど、二人は昔からの友達なんだってね」
「そうだな。まあ、十五の時に別れて、再会したのは大人になってからだが」
「え、そうだったの?」
 相槌のように聞き返しながら、思わず助手席に乗っている昴に目が行く。すると、昴はその通りだと頷いた。
「再会したのは、五年ほど前なんですよ」
「そんなに? じゃあ、十年以上会ってなかったの?」
「そうなりますね」
 昴が口端だけで微笑む。運転しているも、空気を震わせるだけの、息遣いの延長のような笑みを零した。
「へえ……でも、二人ともそんなに長い間会ってなかった感じがしないね」
 素直にそう思ったからか、つい口に出していた。
「そうですか?」
 昴が反応する傍らで、はミラー越しにちらりとコナンを見る。見透かされそうな視線に、ドクリと心臓が鳴った気がした。
「なんとなくだけどね」
 コナンはふと、自分に照らし合わせて考えてみた。自分にとっての男友達といえば、一番それらしいのは服部平次だ。だが服部とは始めから別々の土地に住んでいるし、仲の良い友人というよりも好敵手のような感覚だ。幼馴染みでもない。
 幼馴染みという点を重視するなら蘭だが、友人関係と言うには違いすぎるし、そもそも好意を抱いている異性なので、と赤井の関係性と比べるのは難しい。
 ──まあでも、俺も服部と久しぶりに会っても気まずくはねーけど。
 そんなことを考えながら視線を流した時、が昴を見ていることに気付いた。しかし直後に今度はコナンを見てきたので、不意打ちで視線が交わる。
 コナンから見えている目元は柔らかいが、微笑ましいというよりも面白がっていると表現する方が近い気がした。
「……なに?」
「いや、知り合いが別人として誰かと接しているのを見ると、面白いものだなと思ってな。以前の俺も秀一からしたら、こういう感じだったのかなと」
 ──秀一って呼んじまってるし。本当に知ってんだな。
 それよりもが話した内容だと、すぐに頭を切り替える。”以前の俺も”ということは、も赤井のように別人になって生活していた時期があったということだろうか。
 コナンが内心で首を傾げていると、昴がに答える形で言った。
「容姿は別だが、は口調や態度はそこまで変えていなかっただろう。それに、ディーラーに成りすましていた時は、そもそもだと思って見ていなかったしな」
「それもそうか」
「……あのさ、それってさんも以前に変装してたってことだよね?」
 事情は全く分からないが、今の会話で少しずつ分かってきた。
「秀一のように別人として生活しながら、必要な時はまた違う人物に変装する。あの頃はそういう生活をしていたな」
 ──おいおい、どんな生活だよ。
 思わず半目になり乾いた笑いが出るコナンだったが、と昴は気にした様子もなく話を続けている。聞けば聞くほど只者ではないと思わざるを得ない。FBIの動きをサポートし、赤井が頼りにする人物という時点で、すでに一般人ではないことは分かりきっているではないか。
 この会話も、プライベートなことを話しているようでいて、コナンが聞いても問題のない部分だけを話しているのだろう。
「今はしてないの?」
 過去の話として語られることに疑問を抱き、この際なので直接聞いてみる。
「するぞ。偶にな」
 ──するのかよ!
 一体、普段は何をしているのだろう。そんなことを思うが、コナンの周りにいる大人たちは揃いも揃って職種に富んでいる。両親からして作家と女優で、発明家、探偵、国内外の警察組織など。そこから関係が繋がって広がっているのだから、当然その人物も同職か関係のある職種なのだ。
「じゃあ、元の姿で生活できるようになったけど、今も時々変装しなきゃいけない時があるってこと?」
「そんな感じだな」
「へえ……」
 ──どういう生き方したら、日常生活の中で変装しなきゃならねー時があるんだよ。
「……仕事なの?」
「一応は」
「一応?」
 はぐらかされている。そう思ったが、嘘ではないとも思う。言葉通り、一応と付くものの「仕事」に関する変装なのだとしたら、も警察関係者なのだろうか。
「そういえば、さんってどんな仕事してるの?」
 赤井のサポートをした話やジェイムズとのことを聞く限り、同じ組織には所属していない。だが、サイバー関係やセキュリティ方面の専門知識を持っているのは確実なので、そちらの部署の捜査官という線もある。
「FBIの別の部署にいるとか……あ、でも変装は関係ないか」
「IT関係だ」
 が答えると、昴が肩を竦めて微かに苦笑いを零した。その様子を見て新たな疑問が湧く。
「昴さん……赤井さんが言ってたディーラーに成りすましてたっていう時は、違う仕事をしてたってことだよね?」
「そうだな。あの時はCIAにいた」
「CIA!?」
「元、だがな」
 ──というか俺に話して大丈夫なのか。
 そんなことを思いながらも、確かにCIAならば身元を偽るための変装が必要な時もあるだろう。
「CIAのエージェントだから、正体を隠してたってこと? だったら納得」
「いや。そもそも、別人としてCIAに入ったんだ」
「はあ!?」
とは別の身元を作ってな」
「作ったって……」
 もはや突っ込みが追いつかない。何のためにそんなリスクを、と考えたところで気付く。リスク以前に、諜報活動のプロたちの中に正体を偽って所属する意味とは。
「CIAで組織内のスパイ活動をしていたってわけじゃないよね? というか当時のさんと赤井さん、FBIとCIAで敵対組織みたいなものなんじゃ……」
 非常に面倒な状況で再会したのではないだろうか。事情を知らないコナンには想像もつかない。しかし、こうして二人の親交が続いているということは、良い方向にまとまったのだろう。
「着いたぞ」
 声に釣られて窓の外を見ると、直ぐ目の前に毛利探偵事務所があった。階段の下に蘭が立っており、阿笠博士の家から帰る際に通る歩道の方を見ている。コナンが帰宅するのを待っているのだ。
「あっ、やべ。さん、昴さん、送ってくれてありがとう!」
 慌てて後部座席から降りる。
「どういたしまして」
「気をつけて」
 二人の声を背に、蘭の元に駆け出す。送ってもらった旨を話しながら車の方を示すと、助手席の昴が蘭に向かって会釈をした。隣でが軽く片手を上げて、コナンに別れの合図を送る。間もなく車は走り出し、交差点を曲がっていった。
「初めて見る人だったけど、昴さんの友達かな」
 階段を上がりながら蘭が言う。
「そうだよ。これから一緒にご飯食べるんだって。新一兄ちゃんの家の前を通ったら、昴さんが丁度出かけるところだったんだ」
「それで送ってくれたのね」
「うん」
 相槌を打ちながら車内での会話を思い出す。また濃い人物と知り合ってしまったと思う反面、謎が多すぎて気になるのも確かだった。
 ──元CIAか……。
 しかも諜報活動をしていた可能性がある。会話の中で黒の組織については全く触れなかったが、赤井の事情を知っているが、組織について何も知らないわけがない。
 敢えて触れなかったか、単に変装の話になったから話題に出さなかっただけかは分からないが、また会う機会があれば話を聞いてみたいと思った。



PREV|エンカウンター|
2022.06.19 inserted by FC2 system

inserted by FC2 system